【10】



 茂みの中に身を沈めながら、ハルは考えていた。自分では冷静だと思っていても、傍から見たなら多分、動揺や焦りがにじみ出ているに違いなかったが。
とりあえず、合流したかった。信頼できる誰かと。三人寄ればなんとやら、昔から言うじゃないか。
 この後は残念ながら秀臣がもういないので、女子の出発が続く。次に出てくる佐藤美姫(さとうみき/女子08番)を思い浮かべて、こいつは無理だな。ハルは脳内の合流すべき生徒リストから彼女を外した。噂好きで八方美人、常に強者の側についてまわる彼女の悪癖をよく知っている。佐伯麻由美とは同じ陸上部ということもあってよく一緒にいるのを見かけるが、果たしてふたりは一緒に行動するんだろうか。そこでふと気づいた。次に出てくる男子生徒さえ見送れば、彼女たちグループの中心人物ともいえる杉本智恵理(すぎもとちえり/女子09番)がでてくる。
 智恵理はまるでアイドルのように可愛らしい顔をしているが、自分の可愛い仕草も角度も、すべてを把握していて利用することができる、ハルの最も苦手なタイプだった。
 腕時計をちらと見た。もうすぐ13:14。時計から視線を上げると、ちょうど美姫が出てくるところだった。彼女は校庭に座り込んだままの麻由美を見つけるとすぐに駆け寄った。そして、美姫が抱えるようにして麻由美を立たせると、そのまま彼女を支えながら、椿の垣根がある方とは反対側の、なんだかよくわからない銅像の影に隠れた。
 次に出てきた手塚瑛史(てづかえいし/男子09番)が、わき目もふらず走り去ったからよかったものの、あいつがもうちょっと注意力のある奴だったら、すぐに見つかってしまっただろうのに。
 佐伯と佐藤は、ハルの予想どおり彼女たち陸上部グループのリーダー的存在である智恵理を待っていた。その選択が正しいかどうか今はわからないが――その愛くるしい外見からは想像がつかないほど、智恵理という少女はしたたかでたくましい――智恵理が姿を表すや否やふたりは、喜び勇んで声をかけた。結局ハルの心配は余所に、三人は傍目には仲良さげに並んで姿を消した。彼女たちの頼る智恵理が、そうそう一筋縄でいく相手だとは思えないが、まあそれは余計なお世話というものだ。
 ややあって、悠然と中嶋龍吾が現れた。用心深く校庭に出たかと思うと途端にダッシュし、その俊足であっというまに校庭をまっすぐ突っ切った。ちょうど昇降口から200Mほど離れた、イチョウやらサクラやらが植えられたあたり、適当な茂みに身を隠したようだった。
 龍吾は、三人後に出てくる律子を待つのだろう。いや、待ってほしいと思った。もし、もしも。万が一、龍吾が律子と合流しなかったら?ないとはいえないその可能性が、ハルには少し気がかりだった。今さら未練がましいとか言うなよ、忘れられない人ぐらいいたっていいだろう。とにかく、並んで駆けてゆくふたりを見届けられたら気が済むんだ。ハルは心の中で言い訳をした。
 13:22。
 13:24。
 その後も隠れたまま、続いて出てきた鈴井瞳(すずいひとみ/女子10番)と楢橋拓斗の背中を見送った。
 13:26。
 腕時計が、律子の出てくる時間を指し示した。しばらく待つと、小柄な人影が昇降口に現れた。完全に体を外へ出す前に、注意深くそして素早く、右・左・右と首を動かして周囲の確認をした律子は、不安げに一瞬俯いた。しかし次の瞬間、覚悟をきめたようにクイッと顎をあげ、小走りで校庭へ飛び出した。
 だが、待っているはずの龍吾が動く気配はない。
 何してんだよ、龍吾?ハルは龍吾が居るだろう茂みに目をやる。何度も打ち消したはずの不安が的中したのかと、スピードを増して遠ざかりつつある律子の姿に焦り始めた。
 そしてもう一度、龍吾が潜んでいるはずの茂みを睨みつけて初めて気づいた。
 龍吾の他に誰かいる――しまった、甘く見すぎていた。ハルの鼓動がまた、速度を増した。
 すでに出発した桑原学が戻ってきて、龍吾の背後に立っていた。手には銃のようなもの。龍吾の表情までは確認できないが、動かないところを見ると動かないよう脅されているのだろう。
「くそっ」
 ハルは慌しくデイバッグを担ぎ上げ、学のさらに後方へ回り込めるよう位置を目測して駆け出した。





【残り 31/32名】
【09】<BACK ▽MENU NEXT>【11】