【12】



 銃声の源は、昇降口の辺りだった。少なくとも、桑原の銃から発せられたのではないのは確かだった。
 当ってなければいいが――願いながらハルが飛び込んだ其処に、学生服が二つ並んで倒れこんでいた。走り出したときから構えている右手のベレッタが、ずんと重みを増した気がした。
「おい、龍吾!」
 声をかけると、地面に這いつくばっていた二つの固まりのうち一方が、ザッと顔を上げた。
「って、ハル?!」
 なんでいるんだよ、と言いたげな龍吾の面持ちに対してハルはちょっと肩をすくめてみせ、返事の代わりにした。ハルは、身を低く保ちながら龍吾の傍へと近寄っていく。草木に混じって匂う血のそれが、近づくほど濃厚になる。
「当ったのか、今のに?」
 起き上がった龍吾の肩をぐっと掴み、その体を確かめるように目をこらす。
「まさか。俺じゃねえよ――」
 龍吾がちらと、脇に横たわったままの男を見やり、ハルの視線がその後を追った。
「学か」
 さっきまで、おもちゃの銃とは知らずに龍吾を人質に取っていた桑原の、変わり果てた姿が其処にあった。濃い色の学生服のせいで見落としてしまいそうだが、右の肩甲骨の辺りに、弾が貫通した痕が生々しく咲いていた。よく見ればまだ、全身が細かく痙攣しているのがわかる。その学の体を仰向けに返しながら、「見事だな、命中だ」ハルは思わず呟いた。もう意識はないのだろうが――痛いとか、苦しいとかそういう部類は――今だぴくぴくと体を震わせる学が不憫に思えた。
 気がつくと、ハルは自然とひざまづき、学にベレッタを向けていた。龍吾がはっと息をのみ、でも次の瞬間、やるせない表情で目を伏せた。
 まさか、こんな気持ちになるとは思わなかった。
「苦しいだろ、学」
――ドンッッ
 くぐもった音、心臓の上に押し当てた銃口から飛び出した鉛は、直後、学の全神経を断ち切った。見開かれたままの目の中で、瞳孔が一気に開いていった。
ダアアアンンッッッツ
 再び銃声がして、今度はハルと龍吾が揃って前のめりにダイブした。たぶん、たった今ハルが撃った銃に反応したのに間違いない。確実に、狙われている。
「ち。あいつ、容赦ないな」
 その視線の先に居たのは、狙撃銃――レミントン社製M24SWS――を見事な手つきで構えた成瀬明日香だった。
 まさか女子だとは思わなかった。同じ思考だったのだろう、2人は互いの顔を見合わせた。口中に広がるこの苦味も、きっと同じだろう。間違いなく、プログラムは始まっている。
「こんなとこでボヤボヤしてる場合じゃねぇな」
「そうだな」
「俺先に行くぜ。律子を行かせちまったから」
「ああ」
 やっぱり律子を待ってたのかよ。思ってハルは安心すると同時に、少し嫉妬した。
「じゃな」
 短い会話の後すぐに立ち上がった龍吾に向かって、ハルが問いかけた。
「龍吾。お前、――殺る気か?」
 ぴくり、隆吾の動きが止まる。空間に漂う風が張り詰めた気がしたが、すぐに龍吾の苦笑によって壊された。それは教室にいるときとまるで同じだった。
「なんだその質問」
 
律子と付き合ってるんだってな?
…ああ
泣かすなよ
ばーか。くだらねえこと言ってんな

 
 ふいに、あのときの会話を思い出した。我ながら、よくもそんな偉そうなことを言ったもんだ。ハルは、少しだけセンチメンタルな記憶に浸りながら、思った――こんなところで死んでたまるか。
「龍吾。律子を見つけた後でいい、今度は俺を探せ。俺も、お前らを探す」
「は?」
 龍吾が訝しげに眉を潜めたが、ハルは構わず先を続けた。
「可能性は、ゼロじゃない。突破口を見つけてみせる」
 馬鹿げた話だと、奴は笑うだろうか? それならそれで構わないけれど。思いながらまっすぐに見上げると、龍吾はにやり、悪戯な笑みを浮かべていた。
「わかった。無茶苦茶な話だと思うけど、な」
 言いながら龍吾は、学の手に握られたままのおもちゃの銃――エアガン――を取り上げると、手早くBB弾の袋を破いて銃身に詰め込んだ。
「護身用にもらってくぜ、学」
 もう動かない学に向かって言った龍吾の目は、少し寂しげに翳っていた。
「なあ、そういえばお前の武器って何?」
 思い出したように、ハルが尋ねた。
 龍吾はちょっとおどけたように肩をすくめてみせ、ポケットの中を探った。無邪気な笑顔を見せながら取り出したのは、ハンモックを小さくしたような形をした布と、鉛の玉だった。
「スリングっての?ったく、おもちゃだぜ」
 龍吾は頭の上でぐるぐる振り回す真似をしてみせた。この場に似つかわしくないあどけない龍吾のそれに、思わずハルは笑ってしまった。
「ふざけてるだろ」
 そう言って口を尖らせた後、「それでも、まあ悪くないよ」と付け足して龍吾は笑った。そういう奴だった、こいつは。喧嘩だってカツアゲだってするけれど、相手はいつも弱者じゃなかった。やっていることはけして褒められたことじゃなかったけれど、どこか憎めない奴だった。
 きっとこのゲームでも進んでクラスメイトを殺すような真似はしないんだろうと思った。その身体能力をもってすれば、優勝だってけして難しくないのに、だ。
 成瀬の様子を見ながら慎重に駆け出した龍吾の背中に向かって、もう一度ハルが言った。
「龍吾、またあとでな」
 龍吾は今度こそ振り返らず、ただ右手を上げて応えただけだった。
 それは、イエスともとれたし、ノーかもしれなかった。探すと言ったはいいが、どうやって?もちろん具体的な案など何もない。それは龍吾にしたって同じだった。すでに律子を見送ってから数分が経っている。彼女の足では、かなり遠くまで走り去っていることだろう。他から銃声らしき音は上がっていないけれど、武器は銃器ばかりではないのだ。誰かやる気のある別の人間がいないとも限らない、そして律子が出会っていないとも言い切れないのだ。
 またひとりに戻ったハルの思考は落ち込んだが、そこで気づいて深く息を吸い込んだ。今はただ、自分にできることをするしかない。言い聞かせて気を落ち着ける。
 とりあえず今は、いきなりしかも冷静に狙いを定めて銃をぶっ放すような成瀬を、昇降口から引き離すことが先決だ。自分ひとりが逃げるだけじゃあ、この後出てくる奴は全滅だ。本来なら、もう次の平松あたりが出てきてもいい頃だったが、銃声を聞いて身を隠しているのだろう、姿は見えなかった。
 木々の隙間から様子をうかがうと、今だ銃口をこちらに向けている成瀬の姿が目に映った。ちくしょう、とにかくこの場をどうにかしないとな。
 照準を合わせる場所を探るように、銃口を泳がせている成瀬を横目に見ながら、ハルはベレッタを高く掲げ、ダン、ダンッと、続けざまに二発撃って駆け出した。龍吾が去ったのとは、まったく逆の方向へ向かって。
 来いよ、成瀬。鬼さんこちら、だ。
 ハルは間違いなく照準がこちらへ合わせられたのを背中に感じながら、走り続けた。
 
 さあ、どうする。
 自らに問いながら、思った。可能性は、何処にある?
 頭の中に浮かぶのは、すべては希望的憶測にすぎない。
 おまけに今は逃げるしかないしな。
 ちらと後ろを振り返り、成瀬が自分を追って場所を移動し始めたことを確認して、ハルはまた苦笑した。





桑原学 (男子5番) 胸部被弾により死亡
【残り 30/32名】
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